豊島区、千川駅近くのわかしま内科のブログです。

2015年に日本でも発売が予定されているHarvoni(ハーボニ)の優れた臨床効果が伝えられていますが、同時にその薬剤のアメリカでの価格が話題になっています。3ヶ月で内服が終了しますが、そのアメリカでの薬剤費は現在の円ドル換算では、1100万円に近いとのこと!アメリカでは、健康保険は国が定めたものでなく、多くが民間の健康保険会社によるものですが、高額の価格設定に対して何らかの違法性を指摘主張して、訴訟を起こしている民間保険会社もあるようです。

しかし世界でのビジネスとしては、ギリアド社は各国で個別に価格交渉をするようです。たまたま特許の取得に失敗した某国では、9割近いディスカウントも行なうとか聞いています。日本には、国民のほとんどをカバーする健康保険制度があり、そのもとでの薬価決定のルールがあります。ギリアド社に日本の医療制度が提示する価格は、ギリアド社の特許(知的財産)を尊重したうえでの日本国民全体の利益にかなった合理的な値付けであるべきで、その点はギリアド社も理解していただきたい。一方、中国のような特許侵害がうやむやに成りかねない国では、ギリアドのライセンスを無視した類似薬の製造もあり得るでしょう。脱法ドラックを製造できる国なら、そして他国のサンゴを取尽す経済感覚をもった国民ならば、優れた肝炎治療薬の模造品を作るバイタリティを(良くも悪くも)持っているんじゃないでしょうか。

肝炎の患者を預かっている私としては、日本でも従来の治療への優越点を認めたうえで従来薬の200万から300万の薬剤費よりも高いのは仕方ない、しかし高いと言ってもほどほどの価格で妥結することをギリアド社と日本の支払い側とに望んでおります。高い価格のまま、投与対象に医学的に根拠のない制限を加えられてしまうと、患者にとってはマイナスになります健康保険薬としての適応を狭める方向で審議会が動いたり、また、月あたりの患者自己負担を1万円ないし2万円に軽減してきた助成制度を負担増の方向に変更したり、助成制度自体への患者のアクセスを意図的に悪くしたり。そういったことが、国家の医療費負担増など「お金や政治」の論点から行なわれてしまう危険をはらんでいると思います。ギリアド社との間での価格交渉を賢明に行なってもらいたい。価格が1/2になれば同じ医療費(薬剤費)で2倍の患者数に、1/3になれば3倍の患者数に、投与可能なのですから。

私のブログは、一般のかたがたに見てもらうために、平明な議論を目指しています。一方で、医師たちにも、正しい議論を求めたいので、医者たちが閲覧するサイト(m3.com)にも書込みました。その文章を元にして、以下のブログを作成します。

Harvoniが日本で発売されるにあたって、私が今「可能性がある」と思っているハードル設定のパターン

1)高齢の肝障害(線維化)非進展例については保険適応をみとめない?

高齢者では線維化の非進展例でも、発癌のリスクは高いとされています。私のところに通院されている高齢者C型肝疾患患者での発癌は少ないのですが、研究データとしては、年齢を重ねるといよいよ発癌のリスクは大きい。高齢者の余命については、あと何年生きるか、その予測はたちません。もう何百万の医療費を使っても無駄です、という判断は私たち医者が下せるものではありません。したがって医学的には、高齢であることは投与対象から外す理由にはなりません。少なくとも本人が前向きであり希望するなら、治療へのアクセスを閉ざしてはならないと思います。

2)若年の線維化非進展例については保険適応をみとめない?

まあたしかに、当座は治療を急ぐ意味はない患者群に見えます。しかし同時に、Harvoni以降の将来の治療を待たせる理由もない患者たちです。問題となる重大な副作用もなく、有効率がきわめて高いなら、いつかはギリアド社の治療をうけてよいのです。医療費を費やすタイミングをこの先数年、分散されるためにこの群の患者への投与を見合わせるのはアリの作戦にも思います。しかしどっちみち、いつかはそのコストはかかります。

3)インターフェロン投与が的確な者には、インターフェロン治療を原則優先し、初回治療などでのギリアド社の薬の保険適応をみとめない?

変異ウイルス等による無効はギリアドの治療(ゲノタイプ1)では、まずありません。ですから、インターフェロンを優先する理由を変異ウイルスでの効果不充分に求めるのは、無理な話と思われます。

また、発癌抑制のデータが既にインターフェロンにあって、新しい治療の経口剤にはまだないから、という理由づけもどうでしょうか。発癌抑制に有効であるといっても、ウイルスの陰性化がより大きな因子であって、ウイルスが排除できなかったインターフェロン投与例では、そこまでの発癌抑制になっていないのですから。少なくとも、インターフェロン治療を優先せよ、と患者に命ずる権限は厚労省や医師にはなく、それぞれのメリット、デメリットを両方説明された上で、患者が選択することと私は考えます。ギリアドの薬が保険薬としてデビューした以降に、なお保険制度のしばりや医師の思惑で、患者の意向を聞かずにインターフェロン治療に誘導することがあってはならないと思う。頻度が少ないとは言え(インターフェロンに併用する薬剤による)黄疸や皮膚障害などの重篤な副作用(時に死亡に至っています)を生じたときは、大切な患者たちに了解いただける説明が出来るでしょうか。現在までには、ギリアドの薬には、重篤な副作用は見つかっていません。(この点は、今後のアメリカを中心とした多数例の臨床での副作用報告には注視する必要があります。)

4)当初は、未だ国内臨床試験のデータが提出されていない「進行した肝硬変」とかでは、保険適応としない?

まあ、これは、当初は当然であり、しかたないですね。国内データを早く提出してもらうしかない。ただ、アメリカではすでに非代償期肝硬変についての申請も済んでいるようです。将来は肝癌合併例を含む進行例でも、患者の予後の改善が手に入る病期であれば、適応とされていくべきものと考えます。

 これらの問題(保険適応などの運用)は誰が決めるのか?

ごく少人数の肝炎治療を専門とする重鎮たちが厚労省の審議会に出席し、審議会の答申を経て決定するのですが、過去発売された同様の薬剤の適応について、肝臓学会等から会員に広く意見を求めたりされたことはないと思います。審議会に出席する委員は、肝炎患者を守っている幅広い医師たち、長年新しい治療の出現を待ってきた患者たち、それらの立場にたった発言を残していただきたいと思います。

C型肝炎の患者のウイルス排除に、一人一人の患者あたり数百万円のお金を無尽蔵に使えるのか?優れた治療が現れたときに、一気にその治療が行なわれると保険診療の財政の破綻につながることを心配する言葉が聞かれるのが常です。私も、そのことをよく承知しているつもりです。しかし、一人一人の患者には、適正な治療を健康保険のもと受けたい、そう望む権利があります。心臓病の患者は心臓の高度医療を、癌の患者は癌の高度医療を望み、リウマチの患者はリウマチの優れた新しい処方を望むのと、それは基本的には同じです。お金がかかるかどうか、そのお金が国内に残るか、外資の製薬会社を通じて海外に流出するか、そういった話をされる人の意見も承知しています。それでも、本当に優れる治療であれば、適切な価格で患者に供給できるよう努力するのが、主治医たちに共通する立場であると思います